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「超ムカつく!」18歳の反論動画とインフルエンサーの原点

<エンタメ解体新書>

その後、グループを離れられた後は、東京の専門学校に通われていたそうですが。

<菅本裕子さん>

はい!実はさっき挨拶したマネージャーのよっちゃんは、その時の隣の席の男の子なんですよ(笑)

<エンタメ解体新書>

そんな縁が!当時はかなりセンセーショナルな辞め方をされた印象があります。

<菅本裕子さん>

事実とは違うデマを書かれたりして、悔しいというより「超ムカつく!」という怒りの方が強かったんです。周りの目が気になって、地元にもいづらくなってしまって。

<エンタメ解体新書>

そこで、ご自身で反論動画をアップされました。YouTuberの先駆けのようなスタイルでしたね。

<菅本裕子さん>

当時はSNSが普及していなかったので、どこで反論すればいいか分からなくて。父のアカウントから反論動画をアップしました。
自宅で、編集もなしの一発録りです。「違うものは違う」とはっきり言いたかった。

でも、自分の怒りの感情を優先して、お世話になった運営さんやメンバーに対して、火に油を注ぐような行為だったと思っています。
今の私ならそのデマすらも「どう面白おかしくポップにネタにしてやろうか?」ってプラスに変えられますけど、18歳の私にはまだそこまでの経験値がありませんでしたね。

<エンタメ解体新書>

そこから再び表舞台へ向かうきっかけは何でしたか?

<菅本裕子さん>

講談社さんのオーディション「ミスiD」ですね。銀杏BOYZが好きでTwitterに書いていたら、審査員の方に声をかけていただいて。そこで初めて「どう発信すれば刺さるのか」というアナリティクス的な思考を学びました。

<エンタメ解体新書>

SNSを駆使した選考スタイルは当時斬新でしたもんね。

<菅本裕子さん>

そこから、活動費を稼ぐためにSHOWROOMで生配信を始め、貯めた50万円で機材を買ってYouTubeへ……と、一気に物事が進んでいきましたね。

<エンタメ解体新書>

まさに戦略家。軍師ですね。

<菅本裕子さん>

『キングダム』の李牧(りぼく)ですね(笑)
でも、オタク全開すぎて失敗したこともあります。握手会でファンの方に「何の曲が好き?」と聞かれて、大声で「援助交際!」って答えちゃって。
スタッフさんが「はあ!?」って真っ青になってました(笑)

<エンタメ解体新書>

銀杏BOYZの名曲ですけど、発言と字面だけ聞くと事件ですね(笑)


「ニッチでポップでキャッチー」2ちゃんねるまで研究した緻密なSNS戦略

<エンタメ解体新書>

「モテクリエイター」というキャッチコピーは、ご自身で考えられたんですよね

<菅本裕子さん>

SNSで知ってもらうには「ニッチでポップでキャッチー」な要素が必要だと思ったんです。
そこで思ったのは、「自分の“ぶりっ子”という特性を、あえて同性の女性に向けて発信してみたらどうなるだろう?」と。

<エンタメ解体新書>

「男性向けのぶりっ子」はたくさんいても、「女性向けのぶりっ子」は新しい市場だった。

<菅本裕子さん>

そうです。「モテるために生きてる」という姿を女性向けにコンテンツ化すれば、オーディションでも爪痕を残せるし、最終的に「歩く広告塔」としてクライアントからも仕事が来やすくなるはずだ……という仮説を立てていました。
すべては、そこからの逆算だったんです。

<エンタメ解体新書>

お話を伺っていると、今のお立場へのロードマップが当時からすでに完成していたように感じます。
その「ニッチ・ポップ・キャッチー」という戦略は、何か参考にされたものがあったんですか?

<菅本裕子さん>

いえ、最初からあったわけではなくて、「SNSで勝つ」と決めてからは、Twitterだけでなく、あらゆるメディア、チラシ、広告、さらには「2ちゃんねる(現5ちゃんねる)まとめ」まで、網羅的にチェックしました。
多分、根が真面目すぎるんだと思います(笑)

特に2ちゃんのスレタイ(スレッドのタイトル)って、ものすごくキャッチーじゃないですか。あんな感じの「一瞬で目を引く言葉」をずっと研究していて。
本を読んでいても、内容より帯文を凝視しているような、ちょっと不審な客だったと思います(笑)

<エンタメ解体新書>

その分析力が、今のベースなんですね。個人事務所の設立も戦略ですか?

<菅本裕子さん>

はい。目先のお仕事を全部受けていたら、最初から月収50万円は稼げていたと思います。でも、あえてそれを全部断りました。
当時は「炎上してグループを辞めた子」というレッテルがあったので、ナショナルクライアントと呼ばれる大手企業さんから仕事が来るような存在にならないと、本当の逆転はできないと思ったからです。

<エンタメ解体新書>

目先のお金より、ブランド価値を優先したと。

<菅本裕子さん>

最初に頂いた大きな仕事は、auさんの「海の家」の宣伝でした。
金額は少なくても「auから来た!」という実績を手札に、次の営業へ向かうことができるようになったのは大きかったですね。次の営業で「あ、auさんとお仕事しまして」と。よくある営業マンの手口です(笑)
でも、本当に自分が納得いくまで突き詰めたかったんです。


ファンイベントが調査の場に!?ライバー事務所設立の裏側

<エンタメ解体新書>

その後、ライバーマネジメント事務所『321』を立ち上げられます。なぜ「ライバー」だったのでしょうか。

<菅本裕子さん>

自分のファンイベントを開いた時、来てくれた女の子たちが異常に可愛かったんです。トップアイドルのような原石がゴロゴロいて。
そこでイベントを一時中断して、「ヒアリングさせてくれ!」とアンケートをとりました(笑)

<エンタメ解体新書>

イベントが急にマーケティングの現場に(笑)

<菅本裕子さん>

アンケートの結果、8割の子が「芸能界やインフルエンサーに興味がある」と。
私は「失敗しても自己プロデュースで来れた」という彼女たちのロールモデルになっていたんです。だから、この子たちをサポートしたいと思いました。

<エンタメ解体新書>

それが事務所設立のきっかけだったのですね。

<菅本裕子さん>

当時のライバー業界はグレーな事務所も多かった。
でもライブ配信は、地方でもWi-Fiがあれば平等に戦える、フォロワーが少なくても勝てる、ゲームチェンジな職業だと確信し、7年前に事務所を立ち上げました。

<エンタメ解体新書>

今や所属1万5000人の大手です。次に見据えているチャレンジは何ですか?

<菅本裕子さん>

『321』としては、「ライバー」という職業を当たり前のものとして日本中に根付かせたいです。
でも私個人の目標は、昔から変わっていません。とにかく誰かを「あっ!」と言わせるエンターテイナーでありたい。そして、お金も稼ぎたいですね(笑)

<エンタメ解体新書>

これまでのご経験と、今後のビジョンにワクワクします!

<菅本裕子さん>

人生で2択を迫られたら、あえて「無理そうな方」を選び続ける。
これからも、それをずっとやっていくだけです!


中編はここまで。
分析と戦略を武器に、インフルエンサー・経営者へと駆け上がった菅本さん。

次回の後編では、ファンビジネスの常識を覆す経営術や、リスナー同士を繋ぐコミュニティ形成の極意、そして長く一線で活躍し続けるための「謙虚すぎる」プロ意識までを余すところなくお届けします!


【前編はこちら】

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