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音楽家・齋藤奏太の誕生
<エンタメ解体新書>
改めまして、自己紹介からお願いいたします!
<齋藤 奏太さん>
株式会社HOVERBOARDにて作曲・編曲をしております、齋藤 奏太です!
2003年4月27日生まれ、千葉県出身です。
<エンタメ解体新書>
2003年、今年で23歳!
先日、YouTubeのHOVERBOARDチャンネルで大学卒業について触れられていましたね?
<齋藤 奏太さん>
はい、今年(2026年)の3月に大学を卒業をしました!
「HOVERBOARD期待の若手、齋藤 奏太、卒業します。」という動画のサムネは自分も知らなくて、「いや~、やってますね~」という感想でしたけど(笑)
<エンタメ解体新書>
わたしたちも、サムネイルは驚きました(笑)
今やアイドルシーンには欠かせない作曲家のおひとりとなられた齋藤さんですが、音楽との出会いは?
<齋藤 奏太さん>
母がピアノとエレクトーンの先生をしていたので、物心がつく前から音楽が日常にあるのは当たり前の環境で育ちました。
2歳ごろから音楽教室に通い始めて、3歳からはエレクトーンを始めたんです。
<エンタメ解体新書>
本当に、物心がつく前からですね!?
<齋藤 奏太さん>
幼い時から喘息を患っていたので、外で激しく遊ぶということが少し苦手でした。
その分だけ、さらに音楽に触れる時間は人より長かったかもしれませんね。
<エンタメ解体新書>
お名前の「奏太」には「奏」(=奏でる)の文字が入っています。
ご両親が「音楽家になってほしい!」という願いを込めてつけられたとか……?
<齋藤 奏太さん>
はい、そうみたいです。
他にもいろいろ候補はあったようですが、「結果的に、これでよかったよね!」とよく話しています(笑)

音楽漬けの日々と“遅咲き”の葛藤
<エンタメ解体新書>
では、音楽はお母様のご指導で?
<齋藤 奏太さん>
それが、違うんですよ、母からは特段教わっていなくて。
身内から教わると、どうしてもレッスンが厳しくなりがちだったり、親子の時間と師弟の時間が混ざるのはよくないよね、という考えがあったみたいで。
最初はグループレッスンに通っていて、そのあと個人レッスンに通い始めました。毎週、レッスン場所まで40〜50分かけて。
<エンタメ解体新書>
幼いころから、音楽への意識が強かったのですね!
<齋藤 奏太さん>
幼稚園の年長さんくらいのときに、僕が凄く好きなエレクトーン奏者さんのCDを母が買ってくれまして。そのCDを聞きながら「この人みたいになりたい!」ってずっと言っていたらしいんです。「上手くなりたい!」という想いが強かったことを覚えています。
<エンタメ解体新書>
小学校時代も、音楽が凄い人ということで注目の的だったのでは?
<齋藤 奏太さん>
いや~、そんなことはなかったです(笑)
小さい時って、スポーツできる子のほうが目立つじゃないですか?
「音楽ができるやつだな?」くらいの感じでしたよ、まあ、音楽の時間は無双していましたけど(笑)
<エンタメ解体新書>
しっかり、目立っているじゃないですか(笑)
<齋藤 奏太さん>
けど実際は、毎日家に帰ったら練習して、土曜日は個人レッスンに行って……を繰り返す毎日でしたね。その頃から、既に音楽漬けの毎日が始まっていました。
<エンタメ解体新書>
幼いころからの努力には、本当に感服いたします。
賞も、たくさん獲得されていらっしゃいますよね?
<齋藤 奏太さん>
僕、ちょっと珍しいタイプで、めちゃくちゃ“遅咲き”なんですよ…
ざっくり大会は、県大会、関東ブロック、全国大会、世界大会というステップがあるんですけど、中3まで全国大会に一度も行けなかったんです。
部門もいろいろありますが、早い子だと小3くらいから全国大会に行っちゃうんですね。
僕は、県大会とか、良くても関東ブロックで止まってしまっていて。
「僕って、エレクトーンはあまり上手くないんだな」と思ってしまうこともありました。

まるで異世界?音大附属校での「熱血」時代
<エンタメ解体新書>
中学・高校時代は、どのような学生生活だったのでしょうか?
<齋藤 奏太さん>
音楽大学附属の中学校と高校に進学しました。
音大の附属ってすごい不思議な空間で、漫画の『のだめカンタービレ』の中学校版みたいな感じでした。同級生も先輩も先生も、今考えると、強烈な方ばかりでしたね(笑)
<エンタメ解体新書>
その強烈さが、世間の普通なのだと刷り込まれてしまいそうですね。
<齋藤 奏太さん>
まったく、そのとおりです(笑)
当日、お世話になっていた先生がすごくお上品な方で、回転寿司に行ったことがないと仰っていて。同級生も同調していて、「どうやら、巷のお寿司は回るらしいわ?」と話しているのを聞いてびっくりしました。
「おいおい君たち、ビッくらポンをしたことがないなんて人生損してるぞ!」と思っていました(笑)
<エンタメ解体新書>
本当にドラマのような、凄い世界ですね……
<齋藤 奏太さん>
その感覚の違いは、“自分の意志”という意味でも結構ありましたね。
代々音楽の家系で「やらされている子」も多いなか、僕は自分の意志がはっきりしすぎていました。
スポーツ漫画の熱血主人公みたいな勢いで、「大学を卒業したらすぐ仕事に就けるくらい、力を貯めるんだ!」とメラメラしていて……今考えると、周りは引いていたと思います。
学生時代って、放課後にマックに行くとか、そういう青春も大事じゃないですか。でも、僕はそういうのをすべて断って、コンクールや練習に費やしていました。
そのおかげで今があるんですけど、来世があるなら同級生とカラオケとかに行ってみたいですね(笑)
柔和な表情の下に隠された情熱と意志が、今の活躍の基礎を創り出した
前編はここまで。
幼くして、音楽家としての未来を自身で志した齋藤さん。
同世代の活躍を目の当たりにし、当時を"遅咲き"と語られていましたが、ここから大躍進が始まります!
中編では
・恩師との出会いとクリエイターとしての原点
・「実は、雑食」な一面を持つ音楽性
・HOVERBOARDに所属した、"まさか"のきっかけ
などを語っていただきました!
どうぞ、お楽しみに!
