記事本文

インタビュー前編

特に、アイドルファンから絶大な支持を獲得している大人気の作詞作曲家、そして株式会社HOVERBOARD代表、Akira Sunsetさんへの単独インタビュー(前/中/後編の三部)
前編では、学生時代の衝撃&大爆笑の音楽エピソードから、一度、音楽から離れていくまでのストーリーを余すところなく語っていただきました!



音楽を意識したきっかけは、小学生時代にあり

<エンタメ解体新書>

多才な作曲家として知られているAkira Sunsetさんですが、ご自身の半生はずっと音楽一筋だったのでしょうか?

<Akira Sunsetさん>

音楽一筋かというと、実はそうでもないんですけど、だからこそエピソードはたくさんありますよ!(笑)
まず音楽を最初に意識したのは、小学校の学芸会です。体育館で、ワンコーラス目は僕のソロ歌唱だったんですよ!
その時から「あれ、僕って、歌上手いのかな?」とは思っていましたね。
今思えば、それが音楽を仕事にしていくすべての始まりだったように思います。

<エンタメ解体新書>

小学生時代からソロパートとは、さすがのエピソードですね!
元々、音楽好きの少年だったのでしょうか?

<Akira Sunsetさん>

そうですね、小学校の高学年ぐらいから、音楽にしっかり興味を持ち始めた感じです。
いろいろ聴き始めて、BOØWY(ボウイ)やX(エックス)などのジャパニーズロックバンドをよく聴いていました。当時、バンドブームでしたしね。
中学生になったら、「自分もバンドをやりたいな!」と思って、親に頼んでエレキギターを買ってもらったんです。
タブ譜(※)も買って、必死にコピーしていました。でも、Xなどはテンポが速すぎて、タブ譜を見ていても全然わかりませんでした。結局、エレキギターはやめてしまいましたね。

(※)タブ譜:タブラチュア譜。ギターやベースの指板に対して、どの弦のどの場所を押さえれば良いのかを譜面化したもの。

<エンタメ解体新書>

いきなり、そんな挫折があったんですか?

<Akira Sunsetさん>

そうなんです。でも、完全にやめたというわけではなくて。
当時の流行りでもありましたが、尾崎豊さんを聴き始めるようになったんですよ。
これは同世代の人なら共感してくれると思いますが、思春期を迎えた自分の鬱々とした心境を代弁してくれる感じが好きで、今度は父親が持っていたクラシックギターを弾き始めました。

<エンタメ解体新書>

同じギターでも、エレキギターからクラシックギターへ持ち替えたと?

<Akira Sunsetさん>

エレキギターと比べたらコードを弾きながら歌いやすいので、「あ、これなら一人でできるじゃん?」と思うようになったんですね。
それで、尾崎豊さんの楽曲をコピーしながら、自分でも似たような曲を作り出したというのが、作曲の始まりですかね。
中学3年生の時には歌詞も書き始めるようになって、国語の先生などにも見せてみたりしていました。

<エンタメ解体新書>

そのころから、「自分の作品を人に見せる」ことまでなさっていたとは、驚きです。


衝撃&大爆笑の音楽エピソード続出の高校時代

<Akira Sunsetさん>

…そういえば!
高校1年生の時に、スリーコードぐらいでコミックソングを作ったんですよ。
当時、奥田民生さんが『息子』という曲を発表されて、そこからもじって、僕も『息子』という楽曲を作ったんです。下ネタの方の…!

<一同>

(大爆笑)

<Akira Sunsetさん>

でも、これがまた意外と好評で!
そこから、「…なんか、曲作るの面白いな?」という感じで作曲が面白くなっちゃって!
今度は、文化祭を目指してバンドを組みました。

<エンタメ解体新書>

なるほど、ということは、またエレキギターを?

<Akira Sunsetさん>

いや、結構いろんなことをやっていましたよ!まとめると、ギターボーカルという感じでしたけれど!
それこそビートルズもやっていましたし、尾崎豊さんの弾き語りカバーをやったりもしていました。
最終的に高校3年生の時には、オリジナルで3曲を作って歌っていましたね。

<エンタメ解体新書>

ここまでお話を伺う限り、学生時代の体験が作曲家としてのAkira Sunsetさんに大きな影響を与えていそうですね。原点というか…

<Akira Sunsetさん>

確かに!
こうしてお話をしてみると、学生時代というか「体育館」が僕の原点なのかもしれませんね。学芸会も文化祭もそうですし。
体育館って、ZEPP(ゼップ)くらいのライブハウスに匹敵する規模感があるわけですよ?今、自分のライブで体育館くらいのキャパシティを埋めようと思ったら大変ですからね。体育館は音の反響も凄いから、歌っていても爽快で、気持ちよかった!
なので、僕の音楽の原点は体育館ですね!

<エンタメ解体新書>

少し横道にそれてしまいますが、その文化祭のライブでは、当時お付き合いをされていた女性へのメッセージソングというか…仲直りの歌のようなものを歌われたとか?

<Akira Sunsetさん>

当時、浮気をしてしまいまして、それが彼女にバレて、振られてしまって!(笑)
「どうしようかな…」と悩んで、曲を作って歌いました。
タイトルは『Love Forever』です。
「Love Forever、いつになったら許してくれる?」
という曲だったんですけど、浮気した自分を棚に上げて、そんなメッセージソングを作って歌ってしまいました!

<一同>

(再び大爆笑)


ここから大ヒットメーカーへ…と思いきや?

<Akira Sunsetさん>

でも、その文化祭に来ていた音響会社が芸能事務所も運営していて、そのままスカウトされて、レッスンに通うようになったんですよ?

<エンタメ解体新書>

ええっ?すごいですね!
そこから、いよいよ本格的に音楽を仕事とする人生が始まっていく、と!

<Akira Sunsetさん>

いや、まったくです!
「うちの事務所でやってみない?」というお話をいただいてチャレンジをしたものの、アルバイトが楽しすぎて辞めましたね。

<エンタメ解体新書>

…はい?(笑)

<Akira Sunsetさん>

いや~、当時のアルバイトが楽しすぎて、楽しすぎて!
フードデリバリーをしていたんですけど、みんなでワイワイやりながらオーダーが来たらバイクを飛ばしてデリバリーして、本当に楽しかったです。
だから、シフトに入れない日があるのが嫌で、事務所のレッスンなどに行かなくなってしまって(笑)

<エンタメ解体新書>

すみません、今のところ作曲家として大活躍される未来が想像できないインタビューになっています(笑)


前編はここまで。
なんと、今を時めくヒットメーカーのAkira Sunsetさんは、ここから音楽から離れた人生を歩み始めるのです!

しかし、中編では
・音楽への情熱を取り戻したきっかけ
・ついに、アーティストとしてデビュー
・作曲家/編曲家としてのチャレンジ
・有名アイドル提供楽曲にまつわるエピソード

などを語っていただきました!

【中編はこちら】

https://note.com/kaitai_shinsho/n/n83815b7864e4