女性アイドルはいつから「学業との両立」を語るようになったのか ~影山優佳の2年間と、乃木坂46が築いた"当たり前"~

執筆:a(仮)

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見慣れてしまった、けれど少し不思議な光景

現役の東京藝大生がセンターに立つ。大学受験を理由にメンバーが活動を一時休止する。大学進学・在学がブログで公表される。「学業を優先するため一部イベントを欠席します」というアナウンスに、ファンは「頑張れ」とエールを送る。
今のアイドルシーンでは、どれもよく見る光景だ。
でも、少し立ち止まって考えてみてほしい。これらの光景は、少し前のアイドルには、ほとんど存在しなかったものだ。

かつてアイドルとは、学校に行く時間を犠牲にしてでも仕事に打ち込む存在だった。「勉強よりレッスン」「学業より現場」が暗黙の前提で、進学・在学を公言することはむしろ「アイドルらしくない」とすら見なされかねなかった。それがいつの間にか、「アイドルと学業の両立」こそが応援したくなるストーリーになった。
この変化は、いつ、どこから、なぜ起きたのか。そして、これからどこへ向かうのか。アイドルと学業をめぐる歴史に、少し真面目に向き合ってみたい。


いつからか女性アイドルといえば「学校のイメージ」が定着していた

最初に整理しておきたいのは、「女性アイドルと学校の関係」とひとことで言っても、実は時代ごとに関係性が大きく変わってきたということだ。以下のように大きく3つのフェーズに分けて考えると、話がすっきりする。

フェーズ1は「学校のイメージ」をアピールポイントとし、学校の制服風の衣装や、アイドルの「卒業」という呼称が定着した段階。具体的には、1985年デビューのおニャン子クラブに代表される“学校そのものをコンセプト”にしたグループの登場。これは今もなお続く、女性グループアイドル文化の走り出しでもある。そして、AKB48(2005年結成)がメンバーの引退を後ろ向きな「引退」「脱退」ではなく前向きな「卒業」と呼び替えて制度化したことは、このフェーズ1の完成形と言っていい。アイドル文化の研究論文においても、かつての「引退」が悲壮だったのに対し、近年の「卒業」「活動休止」には悲壮感がなく、前向きで清々しいものに変わったと指摘されている。

フェーズ2では「アイドル本人が大学へ進学することを公表して肯定的に語る」ことを運営が認めるようになった段階。具体的には、2010年代に、たとえば鈴木愛理(℃-ute)が2013年に慶應義塾大学へAO入試で入学しアイドル活動と両立しながら2017年に卒業したことが広く知られたほか、乃木坂46の秋元真夏も2011年のオーディション合格後、学業を理由に活動を一時休止し大学入学後に復帰するという、当時はまだ制度ではなく個別の話し合いによる特例としての対応を経ている。メンバー自身の“実際の学び”を、個別の事情として公にすることが徐々に浸透していった時期を指す。

フェーズ3は「運営側が、学業を理由とした休業・活動調整を制度として整える」段階。具体的には、2020年以降、≠MEの永田詩央里が2022年に大学受験を控えて学業に専念するため活動を約7か月間休止し2023年に活動を再開したように、また乃木坂46の六期生・小津玲奈が学業を理由に約9か月間活動を休止し復帰したように、受験や試験期間を理由とした活動休止・イベント欠席が、グループ内のルールとして当然のものになっていった時期を指す。

私たちがいま「アイドルと学業の両立が当たり前になった」と感じているのは、ほぼこのフェーズ2・フェーズ3の話だ。学校の“イメージ”を売るのではなく、本人の“実際の学び”が可視化され、しかも組織がそれを支える――この流れは、2010年代のフェーズ2から2020年代のフェーズ3へと、段階的に一般化していった。
では、フェーズ2からフェーズ3への転換は、具体的にどのような出来事によってもたらされたのか。


フェーズ2からフェーズ3へ ― 影山優佳という転換点

フェーズ2とフェーズ3の間には、明確な分水嶺となった出来事がある。日向坂46(当時けやき坂46)の影山優佳が、2018年、高校2年生のときに東京大学受験を理由に活動を休止したことだ。
それまでも進学の公表自体は珍しくなかった。しかし影山のケースが異例だったのは、その休止期間の長さである。休止は約2年に及び、その間にグループ名がけやき坂46から日向坂46へと変わるという、本人不在のまま歴史が動く事態にまでなった。結果的に本人は体調不良により受験そのものを断念することになるのだが、重要なのはそこではない。人気絶頂の主力メンバーを2年間欠いても、グループも、運営も、ファンも、“待つ”という選択をし、実際に復帰後は変わらず中心メンバーとして迎え入れられた――という事実そのものが、業界に強い印象を残したことだ。
個人の進学を公表し、好意的に受け止める(フェーズ2)だけでなく、休業という具体的な制度対応が実際に機能することを、大きな注目のなかで証明してみせた。
乃木坂46はグループとして、影山優佳より早い2011年の秋元真夏の事例から、すでに“学業のための休業”を内部で運用し始めていた。ただしそれは、あくまで一グループ内の静かな慣行にとどまっていた。影山優佳の一件が全国的な注目を集めたことで、「休業という選択肢が実際に機能する」という事実そのものが世間に広く知れ渡り、乃木坂46をはじめとする各グループが、それを“隠す必要のない制度”として堂々と掲げやすくなった――そう見ることもできるのではないか。


フェーズ2からフェーズ3へ ― 乃木坂46が進めた“当たり前化”

前章で見た影山優佳の一件が、世間の目を変えた"点"としての出来事だったとすれば、乃木坂46はそれ以前から、この移行を最も早く、そして最も継続的に"線"として体現してきたグループだと言える。理由は三つある。

1つ目は、最初から「清楚」「上品」「知的」をブランドの軸に据えたこと。これは先行するAKB48の「会いに行けるアイドル」「元気」「秋葉原」という路線への、意図的な差別化として機能した。同じ秋元康氏のプロデュースでありながら、乃木坂46は“清楚で知的なイメージ”という、簡単には模倣できない属性を選んだ。ここで大事なのは、「全員が実際に高学歴である必要はなかった」という点だ。グループの中に、本当に学業に励んでいるメンバーが当たり前に存在することで、グループ全体に"知性の空気"が漂う。実態よりもイメージが先行しているとも言えるが、だからこそ他のグループが簡単に真似できない強みにもなっている。

2つ目は、その知性を番組コンテンツに直結させたこと。これは狙ったというよりも結果論なのかもしれないが、2014年、冠番組『乃木坂って、どこ?』では全メンバー参加の一斉学力テストが実施され、成績上位者による「頭脳王決定戦」と、下位メンバーによる「頭NO王決定戦」という二つの企画が生まれた。その後2018年、2021年、2024年とシリーズとして定着し語り継がれていったのは、意外にも"おバカ"を笑いに変える「頭NO王決定戦」の方だった。しかし同じテストの結果である以上、上位のランキングは同時に"誰が本当に頭がいいか"も可視化することになり、上位メンバーは『Qさま!!』『ネプリーグ』といったクイズ番組に“インテリ担当”として出演するようになった(なお、学力を問うバラエティ企画そのものはAKB48など乃木坂46以前のアイドルにも存在したが、それをグループ戦略として継続的に組み込んだ点が特徴だ)。おバカを笑うための企画のはずが、そのまま知性の"アピールの場"としても機能する――この二重構造こそが、乃木坂46の学力ネタの巧妙さだったと言える。

3つ目にして最大の理由は、「学業のための休業」を結成直後から肯定的に扱う決断をしたこと。2代目キャプテンを務めた秋元真夏は、2011年に一期生オーディションに合格しながら学業を理由に活動を休止し、2012年の大学入学後にグループへ復帰している。ただし、これは当初から運営が積極的に推進したわけではなく、運営側とご両親との間での話し合いを経て生まれた選択だったという背景もある。それでも、結果としてこの事例がグループ内に「学業のために待つ」という前例をつくった意味は大きい。
最近では、六期生の小津玲奈が学業のための9か月に渡る活動休止を経てグループ活動に復帰した。“学業のために待つ”という選択を、グループが当然のものとして受け入れていたわけだ。秋元真夏の事例では個別の特例だったものが、小津玲奈の代には当然の運用になっている――この変化そのものが、乃木坂46という一つのグループの中に、フェーズ2からフェーズ3への移行が凝縮されていることを示している。

この路線は途切れることなく強化され続けた。近年では、東京藝術大学への在学を公表する乃木坂46五期生・池田瑛紗を始め、立教大の卒業を公表した同じく五期生・川﨑桜、日本大学で映画を学んだ事を公表している四期生・林瑠奈、明治学院大学の卒業を公表した元乃木坂46四期生・矢久保美緒。また、櫻坂46四期生・勝又春も京都大学の在学を公表し後に卒業した。在学する大学を公表するケースは乃木坂46に留まらず広がっており、挙げだしたらキリがなく、「現役の名門大生」であること自体が看板の一つになってきている。また、本人や運営の意図で「在学は公表しているが学校名は公開しないパターン」「在学自体を卒業まで公表しないパターン」もあり、対応はさまざまだ。また、公式が「学業の都合で一部イベントを欠席予定」と発表することも珍しくなく、フェーズ3の制度運用はもはや説明を要さない“前提”になり、安定したレールを走りながら更なる強化を進めている。

ここで重要なのは、AKB48にも学業と両立してきたメンバーはいた、という事実だ。たとえば武藤十夢は、高校生で加入してから学業と両立し続け、成城大学を経て大学院を修了。48グループ初の大学院卒メンバーとなり、合格率数%の難関国家試験・気象予報士にも合格している。本当に立派な経歴だ。しかしAKB48において、それは「武藤十夢という個人の偉業」として語られるにとどまった。一方、乃木坂46はそれを「グループ全体の属性」にまで昇華させた。同じ事象でも、戦略への組み込み方がまるで違う。これが、両グループの間にある大きな方向性の違いの正体だ。


なぜ「両立」が戦略になるのか ― 二つの理由

では、なぜ運営はわざわざ学業を前面に出すのか。理由は大きく二つに分けられる。ファンに向けたブランディング効果と、運営側のタレントマネジメント上の効果だ。

ブランディングとしての効果
①差別化
知性は、他グループがすぐに真似できない属性だ。歌・ダンス・ビジュアルが当たり前となる中で、「賢さ」は希少な旗印になる。

②応援材料
アイドルを全うしながら勉強も頑張る姿は、自然と応援したくなるストーリーになる。アイドルを応援する者、志す者、その保護者世代にとっても、憧れの対象が“ちゃんと学んでいる”ことは安心材料になる。

③露出機会の拡大
クイズ番組や学力系バラエティは、学力という切り口で出演できる貴重な枠になっている。歌番組の枠が減り出演機会の確保が難しくなる中で、こうした番組への出演はグループの顔を広めるうえで貴重な機会になっている。

タレントマネジメントとしての効果
④離脱の防止
かつては「進学のために引退するか、進学を諦めてアイドルを続けるか」の二者択一を迫られる場面があったはずだ。両立という選択肢が確立されたことで、本来ならその段階でグループを去っていたはずの優秀なメンバーを、引き止められるようになった。

⑤出口戦略
学歴を足がかりに次のキャリアへ転身できる"出口"の存在は、グループ全体の格と安心感を底上げする。元乃木坂46の斎藤ちはる(テレビ朝日アナウンサー)や市來玲奈(日本テレビアナウンサー)、元櫻坂46の原田葵(フジテレビアナウンサー)、元モーニング娘。の紺野あさ美(テレビ東京アナウンサー)のように、学歴を足がかりにアナウンサーなどへ転身する例は少なくない。「ここを卒業すれば、ちゃんとした未来がある」というメッセージになるからだ。

ブランディングとタレントマネジメント。学業の前面化は、この両輪を一度に回す、よくできた戦略なのである。


そもそも、社会環境が変わった

ここまで業界内部の力学を見てきたが、ここで視点を変えて、社会全体の変化という背景に目を向けたい。アイドルの変化は、社会の変化の"結果"として起きている、という視点だ。
下のグラフは、女性の四年制大学と短期大学への進学率の推移である。

かつて女性の高等教育の主流は短期大学(短大)だった。1990年時点では、女性の四年制大学(四大)への進学率が約15%だったのに対し、短大進学率は約22%と、短大のほうが多かった。ところが1990年代後半に四大が短大を逆転すると、その後は四大が一気に駆け上がり、短大は急速にしぼんでいく。そして2018年ごろには、女子のおよそ半数が四大へ進学する時代になった。直近では54%を超えている。 このカーブを、アイドル史と重ねてみてほしい。AKB48が国民的存在になった2000年代後半、女性の四大進学率はちょうど40%前後に達していた。乃木坂46が「知性」を旗印に拡大した2010年代は、それが45%から50%へと上昇していく時期と、ぴたりと重なる。
つまり、2010年代以降、ファンも、メンバー本人も、その保護者も、「女性が大学へ行くのは当たり前」という感覚のなかにいた。アイドルが進学を隠す理由はとうに消え、むしろ可視化したほうが共感・応援を得られる時代になっていた。
一昔前にこの両立が“あり得なかった”のは、社会として、女性の高等教育がまだ当たり前ではなかったからなのかもしれない。アイドルは、いつだって時代の鏡なのである。


これからどうなっていくのか

最後に、この潮流が今後どこへ向かうのかを、三つの仮説として置いてみたい。あくまで予測であり、外れたら笑ってほしい。

予測1:「両立」は語られなくなり、空気になる
これだけ進学が当たり前になると、「学業と両立しています」という物語自体が差別化として弱くなる。アピールポイントは、いずれ「何を学んでいるか」「その学びを表現にどう活かすか」といった具体的な内容へと移っていくだろう。乃木坂46では、卒業生の生田絵梨花が音大進学を武器にグループ活動やミュージカルなどで活躍し、池田瑛紗が藝大での学びを自身の作品制作や表現、番組レギュラー獲得に還元している。グループを広げると、日向坂46の金村美玖は日本大学芸術学部写真学科に在学していると在学中に公表し、個展を開く、写真雑誌に連載を持つなど活動の幅を広げてみせた。学歴は“肩書き”から“制作の道具”へと意味を変えていく。

予測2:「海外大学」「専門性」へと希少さの基準が上がっていく
国内有名大学が珍しくなくなれば、次に希少性を持つのは海外大学への進学や、専門職・大学院レベルの学びだ。乃木坂46の卒業生・北川悠理は、慶應義塾大学経済学部に在学中に女優業という夢を追うため海外留学を決意し、2023年にグループを卒業。渡米後はカリフォルニア大学サンディエゴ校で演劇・脚本・プロデュースなどを学んでいる。国内大学進学の"その先"として海外進学を選ぶケースは、こうしてすでに現れ始めている。
また、Rain Treeの佐藤莉華は、大学卒業後にそのまま大学院へ進学し、2026年8月現在、アイドル活動を続けながら修士2年生として在籍している。現役の女子大生アイドルはもはや珍しくないが、現役の"大学院生アイドル"はまだ数少なく、学業の希少性の基準が「大学」から「大学院」へと一段上がりつつあることを示す事例と言えるだろう。加えて、気象予報士や心理カウンセラーといった専門資格を取得したうえでグループを卒業していくメンバーも出てきた。アイドルの肩書き競争は、より上のレイヤーへと移動していくかもしれない。
なお、この"基準の吊り上がり"は女性アイドルに限った現象ではない。男性アイドルの世界でも、Snow Manの阿部亮平が2018年に上智大学大学院理工学研究科の修士課程を修了し、旧ジャニーズ事務所(現STARTO ENTERTAINMENT)初の大学院修了者となった。さらに2026年には、B&ZAIの本髙克樹が早稲田大学大学院の博士課程を修了し博士(工学)を取得、同社所属タレント初の博士号取得者となっている。本髙は大学院進学のきっかけを、先に修士を修了した阿部亮平の存在だったと語っており、修士から博士へと、まさに基準が一段ずつ吊り上がっていく様子が、男性アイドルの世界でも実際に起き始めている。

予測3:「兼業」という新しいキャリアの形が生まれる
アイドルが卒業後に経営者となり、アパレルやコスメのブランドを立ち上げる例はすでに珍しくない。象徴的なのが元AKB48の小嶋陽菜だろう。2017年の卒業後、2018年にライフスタイルブランド「Her lip to」を立ち上げ、現在は従業員100人超の企業の経営者として活躍している。さらに近年は、卒業を待たずに動き出す例も現れている。=LOVEの大谷映美里は、現役アイドルとして活動しながら2022年にアパレルブランド「Rosé Muse」を、2023年にはカラーコンタクトブランド「melady」を立ち上げ、成功させている。
ただし、こうした成功は本人の経験やセンス、知名度に支えられたものであり、必ずしも大学教育の成果というわけではない。だからこそ、次の段階として考えられるのは、そこに"学び"が掛け合わさったキャリアだ。著者が考える可能性の一つが、アイドル活動と並行して大学で学んだ知見を実際の経営に活かす、いわゆる「兼業」である。たとえば、経営学を学んだアイドルが在籍中からその知識を活かして会社経営を行う。調理学校で学んだアイドルが、専門知識を裏付けに飲食店をプロデュース・経営する――といった形である。アイドルではないが、弁護士として法廷に立ちながら、その専門性を活かしたネタでお笑い芸人としても活動する「こたけ正義感」氏のような存在が、アイドルの世界にも登場してくる未来を想像している。


おわりに

アイドルが学業を語るようになったのは、彼女たちが急に賢くなったからではない。アイドルというビジネスが「ブランディング(差別化・応援材料・露出機会)」と「タレントマネジメント(離脱の防止・出口戦略)」という現実的なニーズを満たす手段として学業を見出し、同時に、社会の側で女性の進学がごく普通のことになったから――この二つが噛み合った結果だ。

「夢か、勉強か」ではなく「夢も、勉強も」。

その当たり前の裏側には、アイドル産業の巧妙な市場戦略と、社会の半世紀分の変化が、奇跡的な交わりを見せていた。
アイドルと学業を両立させる彼女たちは、学業過程の卒業後、そして、アイドルとしての卒業後、果たしてどんな人生を歩んでいくのか?

アイドル活動という刹那だけではなく、その後の未来や人生も推し甲斐のある時代がやってきたのかもしれない。

担当者クレジット

執筆:a(仮)