【後編】「響け!ユーフォニアム」とは、組織論であり、仕事論である

執筆:b(仮)

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黄前久美子という中間管理職に学ぶ、メンバーの仕事論

前編では、北宇治高校吹奏楽部の顧問・滝昇を「トップマネジメント」の象徴として読み解いた。完全には揃わない組織の方向性を、それでも揃えようと努力し続けること。その姿勢こそがリーダーシップの本質である、というのが前編の結論だった。
後編では視点を切り替える。トップから組織を見るのではなく、組織の中ほどに立つ者(いわゆる、中間管理職)、あるいは個々のメンバーから組織を見たい。具体的には、3年生で部長となる主人公・黄前久美子、そして彼女の周囲にいる個性豊かな部員たち。「個人の事情」と「組織の方向性」がぶつかったとき、メンバーの側はどう振る舞うのか。これは、組織にいるほとんどの人にとって、より身近で切実な問いである。
未視聴の方のために、後編に登場する主要な人物を簡単に紹介しておく。田中あすかは久美子の二年上の先輩で副部長。高坂麗奈は久美子の同期で、3年時はドラムメジャー(部員を音楽的に指導する役職)を務める。傘木希美は二年時に途中復帰したフルート奏者、黒江真由は3年時に強豪校から転校してきたユーフォニアム奏者である。


個人の事情と組織の方向性──あすか先輩が示した「あえて留まる」という選択

田中あすかは、北宇治高校吹奏楽部の副部長である。容姿端麗、頭脳明晰、ユーフォニアムの腕前は部内屈指で、周囲から「特別な存在」として扱われる三年生だ。普段は飄々とした態度でおちゃらけているが、本気で組織を見つめる目を持っている。
そんな彼女に、TVシリーズ第二期で大きな試練が訪れる。あすかの母親が、娘に退部を迫り、学校側にも直談判してきたのだ。あすかの父親は世界的なユーフォニアム奏者だったが、両親は彼女が幼い頃に離婚しており、別れた夫から贈られたユーフォニアムを娘が吹き続けることに、母親は強い嫌悪感を抱いていた。受験を控えた三年生の夏。吹奏楽部が全国大会出場を決めた直後の、引退時期が後ろ倒しになったタイミングでの「我慢の限界」だった。
ここで描かれるのは、「個人の事情」が「組織の方向性」と真正面から衝突する状況である。あすかにとっての組織=吹奏楽部は、全国大会出場を直前に控え、彼女の力を必要としている。一方、家庭=母親は、娘がもう楽器に時間を割くことを望んでいない。吹奏楽部の事情にも、母親の事情にも、そしてあすか自身の事情にも、それぞれの正当性がある
結果として、あすかは部活に復帰する。久美子たちの言葉に背中を押され、模試で進路への不安を払拭し、母親との大喧嘩を経て、ようやく取り戻した居場所だった。アニメではこの後のあすかについて「人が変わったみたい」と評される描写があるが、それは個人の事情にケリをつけて組織に戻った人間の姿そのものだ。個人の事情に押し流されるのでもなく、組織への忖度で従うのでもなく、自分の手で問題に決着をつけて、組織との関係を選び直したのである。
このあすかの選択は、ビジネスパーソンにとって示唆に富む。私たちは日々、組織と個人の間で板挟みになる。家庭の事情、健康の問題、自身のキャリア観、価値観の変化。これらは組織の都合と必ずどこかで衝突する。そのとき、選択肢は単純な「残る/辞める」の二択ではない。自分の事情から目を逸らさず、自分の側で決着をつけ、その上で組織との関わり方を選び直す。あすかが示したのは、その第三の道である。
彼女が組織にとってさらに価値ある存在であった証拠は、後継部長の指名にも表れている。次年度の部長に、あすかは強硬に吉川優子を推した。「優子のカリスマ性が強すぎて、ほかがトップだと機能しない」という見立てからだった。個人として組織に戻ることを選んだ彼女は、組織として誰がトップに立つべきかも、冷静に見通していた。個人としての覚悟と、組織への貢献は、両立しうる。あすかは、それを身をもって示した先輩である。


プロ志向と組織への忠誠──麗奈が体現する「個人の野心が組織を引き上げる」構造

高坂麗奈は、久美子の同期にして、本作の準主人公といえる存在である。トランペット奏者として一年生のときから群を抜く実力を持ち、「本物の特別になる」と公言してはばからない、強烈な個性を持つ少女だ。
一期第八話、夜の大吉山に久美子を連れて登った麗奈は、街の明かりを見下ろしながら、自分は普通になりたくない、特別な人間になりたい、と語る。これは思春期の幼い野心としても読めるが、彼女のその後の三年間を見ると、明らかにそうではない。彼女は本気で、プロの音楽家を目指している。音大への進学を視野に入れ、自分の演奏を一切妥協しない。
ここで興味深いのは、麗奈のプロ志向が、組織を引き下げるのではなく、引き上げる方向に作用しているという点である。普通、組織の中に強烈な個人の野心があると、周囲との軋轢を生む。「あの人は自分のことしか考えていない」「組織より個人のキャリアを優先する」と。だが麗奈の場合、彼女の個人としての高みへの執着が、結果として部全体の演奏レベルを引き上げる原動力になっている。
なぜそれが可能だったのか。理由は二つある。
一つは、麗奈が自分の演奏への執着を一切妥協しなかったこと。彼女は組織の都合で自分の基準を下げない。練習でも本番でも、常に自分の最高を出そうとする。その姿勢が、周囲のメンバーの基準値を引き上げる。組織を引き上げたのは、彼女が組織のために何かを差し出したからではない。自分の高みを一切妥協しないという、ある種利己的にも見える執着が、結果として組織全体を引き上げたのである。
もう一つは、麗奈が組織の中で自分の役割を引き受けたという点である。三年時、麗奈はドラムメジャー(部員を音楽面で厳しく指導する役職)に就任する。プレイヤーとしての実力を、組織の指導機能に転用したのだ。後輩を厳しく叱り、時に部員を萎縮させながら、それでも音楽のレベルを引き上げ続ける。彼女のプロ志向は、組織から浮いた個人の野心ではなく、組織を引き上げる立場として制度化された。
もっとも、麗奈の存在には光と影の両面があることも忘れてはならない。彼女は滝昇という指導者を強烈に信頼しており、これに対しては「盲目的だ」という批判も劇中で出ている。個人の信念が強すぎる人材は、組織にとって光であると同時に影でもある。だが本作が示すのは、両義性を引き受けた上でなお、麗奈という存在が組織を引き上げたという事実だ。こうした強い個性を抱える組織のトップに求められるのは、その個性を排除することでも、無条件に持ち上げることでもなく、両義性を活かす場をどう作るかである
ここから組織人としての教訓を引くなら、「個人としての野心」と「組織への貢献」は、対立ではなく統合できるということだ。プロ志向の個人を組織が排除するのも、個人が組織を見限るのも、もったいない。両者が重なる接点を、リーダーとメンバーの双方が探し続けることに意味がある。麗奈は、その接点を自ら見つけにいったメンバーである。
なお、ここで言及だけしておきたい人物が二人いる。一人は傘木希美。彼女は一年生のときに北宇治を一度退部し、二年生の夏に復帰した。いわば「出戻り社員」のメタファーである。組織を去った者を、組織がどう迎え入れるか。本人がどう戻ってくるか。希美の物語は、リテンションと再雇用というテーマに通じる豊かな示唆を含んでいる。もう一人は黒江真由。彼女は三年生になって強豪校から転校してきた、いわば「中途入社の即戦力」だ。既存メンバーから見れば実力を持ち込んできた異物であり、本人から見れば馴染みたくても馴染みきれない新参者である。組織における新参者と既存メンバーの摩擦というテーマは、彼女の存在が雄弁に物語る。


中間管理職としての久美子──プレイングマネジャーの宿命

そして本作の主人公・黄前久美子は、三年時に北宇治高校吹奏楽部の部長に就任する。副部長は幼馴染の塚本秀一、ドラムメジャーは麗奈。これが「最強の北宇治」と呼ばれる新体制だった。
久美子は本作で、典型的なプレイングマネジャーとして描かれる。彼女自身がユーフォニアムの主要奏者であり、コンクールメンバーの一人として演奏に責任を持つ立場でもある。同時に、部長として九十名近い部員をまとめ、顧問である滝との橋渡しをし、後輩の悩み相談にも応じる。アンサンブルコンテストの予選では、部長業務に追われるあまり、自分の所属チームすら最後まで決まらない描写があった。これは、現代のプレイングマネジャーが直面する「自分の仕事と、人をまとめる仕事の両立」という普遍的な課題そのものである。
そして三年時の最大の試練が、転校生・真由とのソロ争いだった。府大会ではソロは久美子が獲得。だが関西大会では真由がソロに選ばれる。これに対して真由は「突然やってきた転校生が部長のソリを奪っていいのか」と、何度もソロの辞退を申し出る。久美子は、北宇治は実力主義だからと退ける。だが内心では、真由を意識しすぎるあまり、自分が真由と公平に向き合えているのかわからなくなっていく。

💡ソロとソリ
「ソロ(Solo)」は単独での演奏や歌唱を指し、「ソリスト(Soloist)」はそれを担当する人(独唱者・独奏者)を指します。ソロが「パート」や「演奏形態」を意味するのに対し、ソリストはその役割を担う「人物」自体を指す言葉です。

https://ja.wikipedia.org/wiki/ソロ_(音楽)

この時期の久美子に対して、麗奈は「部長失格」と厳しい言葉を投げる。プロ志向の麗奈から見れば、久美子の煮え切らない態度は組織を弱体化させていた。久美子は、真由のソロ辞退の申し出をきっぱり拒絶することも、自分の演奏に集中することも、部員の不満をまとめて滝に直談判することも、十分にはできなかった。プレイヤーとしての久美子と、マネジャーとしての久美子が、互いを引っ張り合っていたのである。
ここで描かれるのは、中間管理職の宿命とでも呼ぶべきものだ。プレイヤーとしての評価軸と、マネジャーとしての評価軸は、しばしば矛盾する。自分の成果を出すことと、組織全体の成果を出すことは、リソースの取り合いになる。久美子は、両方をやりきろうとして、両方ともが中途半端になりかけた。これは、現代の多くのプレイングマネジャーに重なる姿だろう。


投票オーディション──プレイヤーと中間管理職、二つの役割が交錯する場面

そして物語は、第三期最大の山場である全国大会前の覆面投票オーディションへと進む。
府大会では久美子、関西大会では真由がソロを担当した。最後の全国大会のソリは、顧問の滝が決められないと判断し、部員全員の投票による覆面オーディションで決めることになった。この場面については視聴者の間でも評価が割れ、「滝の責任放棄ではないか」という批判が出たことは、前編で予告した通りである。
ここで注目したいのは、覆面方式という仕組みそのものを久美子自身が滝に提案したという点だ。原作とは異なるアニメ版の展開で、職員室の場面で久美子は滝に告げる。「部員からは演奏者が誰か分からないようにしてほしい」と。誰が誰の演奏を聴いているかわかれば、部長である自分への忖度が必ず働く。それを断ち切るために、覆面という仕組みを自分で選んだ。
この瞬間、久美子は三つの立場を同時に引き受けている。
第一に、滝の決定に翻弄されるプレイヤーとして。再オーディションという仕組みそのものは、彼女が望んだものではない。
第二に、真由との競争を強いられた当事者として。投票方式は、自分が部員から人望で勝ってしまうリスクを抱える。
第三に、仕組みを設計する中間管理職として。だからこそ、覆面という公平性を確保するルールを自ら提案した。
結果は、最終投票者となった麗奈の一票で、ソリは真由に決まった。久美子は負ける。プレイヤーとしては、これ以上ないほど辛い結末だ。だが部長としては、彼女は最後まで筋を通した。プレイヤーとしての自分の利益と、組織としての公平性のどちらを取るかと問われたとき、彼女は組織を選んだ。それは「部長失格」を言われた彼女が、最後に到達した部長としての姿だった
ビジネスにおいても、似た構造は珍しくない。自分が選抜の対象者でありながら、その選抜の進め方を決める立場に置かれてしまうとき。自分の評価を決めるルールづくりに、自分が参加してしまうとき。そのとき、自分に有利なルールを通すこともできるし、公平性を優先することもできる。久美子が選んだのは後者だった。プレイヤーの自分よりも、組織を信じる中間管理職としての自分を選んだのである。


【結論】 リーダーがアラインを目指す一方で、メンバーも応える努力をする

前編で論じたのは、「組織の方向性と個々の目的・目標は完全には揃わない。それでもリーダーが揃えようと努力し続けることが、組織を成熟させる」という命題だった。後編では、これと対をなす命題を提示したい。
完全には揃わない前提で、メンバーの側もまた、応える努力をする。これが対の命題である。
あすかは、自分の事情を抱えたまま、組織に戻る道を自分で切り開いた。麗奈は、自分のプロ志向を組織のレベル向上に転用した。久美子は、プレイヤーと中間管理職という矛盾する立場の中で、最後は組織の公平性を選んだ。三人とも、組織の方向性と自分の事情を完全に揃えたわけではない。揃わないものを抱えながら、それでも自分なりの応え方を模索した。
ここで本作が静かに教えてくれるのは、組織と個人の関係は一方通行ではない、ということだ。リーダーが方向性を共有しようとするだけでは足りない。メンバーの側も、自分の事情を組織にぶつけるだけでは足りない。双方が、揃いきらないギャップに対して、自分の側で何ができるかを問い続けることで、初めて組織は成熟する。
翻って、私たちの職場はどうだろうか。上司に対して「もっと方向性を示してほしい」と要求しているうちに、自分の側で組織との接点を探す努力を怠ってはいないか。自分の事情を組織が理解してくれないことを嘆くばかりで、その事情を抱えたまま組織に何ができるかを設計してはいないか。組織の不公平を批判する自分自身が、いざ仕組みを設計する側に回ったとき、本当に公平な選択ができるか。
『響け!ユーフォニアム』は、青春アニメであると同時に、組織と個人の関係をめぐる極めて成熟した寓話である。リーダーは方向性を問い続ける。メンバーは自分の事情を引き受けながら応え続ける。完全に揃わないからこそ、双方が動的に折り合いをつけ続ける。その営みを諦めないことが、組織を成熟させ、そこにいる一人ひとりの仕事を意味あるものにする
私たちが日々、上司や同僚や部下と向き合うとき、本作の登場人物たちのことを思い出してもいいかもしれない。組織と個人の間でぶつかり、悩み、それでも応えようとした少女たちの姿を。

(完)
Written by Akihito Hamano

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執筆:b(仮)