【前編】「響け!ユーフォニアム」とは、組織論であり、仕事論である

執筆:a(仮)

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💡『響け!ユーフォニアム』とは?
『響け!ユーフォニアム』(ひびけユーフォニアム)は、武田綾乃による同名の小説を原作とする日本のテレビアニメ及びアニメ映画のシリーズ。第1期『響け!ユーフォニアム』は2015年4月から7月まで、第2期『響け!ユーフォニアム2』は2016年10月から12月まで、TOKYO MXほかにて放送された。また、2016年には第1期の総集編映画『劇場版 響け!ユーフォニアム〜北宇治高校吹奏楽部へようこそ〜』が、2017年には第2期の総集編映画『劇場版 響け!ユーフォニアム〜届けたいメロディ〜』が公開された。 2018年にはスピンオフ映画『リズと青い鳥』が、2019年には新作長編映画『劇場版 響け!ユーフォニアム〜誓いのフィナーレ〜』が、2023年には新作中編映画『特別編 響け!ユーフォニアム〜アンサンブルコンテスト〜』が公開された。『誓いのフィナーレ』と『アンサンブルコンテスト』はまとめて「久美子2年生編」と呼称されている。 2024年4月から6月にかけては第3期『響け!ユーフォニアム3』がNHK Eテレにて放送された。「久美子3年生編」が描かれる。また第3期の総集編映画『最終楽章 響け!ユーフォニアム』の制作が発表されており、前編が2026年4月に公開され、後編は同年9月に公開予定。(Wikipediaより引用)

滝昇という指揮者に学ぶ、トップマネジメントの光と影

私は『響け!ユーフォニアム』を、青春アニメとして観てきた一人の視聴者だ。しかし、「組織」と「仕事」の力学を学ぶには十分すぎる教材だと感じている。作中で繰り返し描かれるのは、目標を共有・浸透させきれない集団がどう前に進むか、能力と感情のあいだでリーダーがどう判断を下すか、そして個々人が自分の人生と組織の方向性をどう折り合わせるか――いずれも、現代の職場で日々起きていることそのものである。
この前後編では、本作を「組織論」と「仕事論」の両面から読み解いてみたい。前編は、北宇治高校吹奏楽部の顧問・滝昇(たき・のぼる)に注目していく。赴任一年目で全国大会出場を実現した若き指揮者であり、本作におけるトップマネジメントの象徴である。彼の振る舞いには、現代のリーダーにとっての「光」と「影」がくっきりと映し出されている。
なお作品を未視聴の方のために最低限の前提を共有しておく。物語の舞台は京都府宇治市の北宇治高校吹奏楽部。かつて関西大会常連で全国大会出場経験もある吹奏楽部だったが、顧問交代以降実力は落ち関西大会にも進めていない現状。そこに新顧問として滝昇が赴任する。彼は就任早々、部員たちに今年の目標を決めるよう促す。全国を目指して厳しくやるのか、楽しい思い出作りにとどめるのか。「私自身はどちらでもいい」と告げ、判断を部員自身の手に委ねたのである。


目標・方向性のアラインから始まる組織

物語の冒頭、滝は部員たちを前にして、二つの方針のうちどちらを選ぶかを問う。「全国大会出場を目指して厳しくやる」のか、「楽しい思い出を作るだけで十分とする」のか。多数決をとった結果、部員たちは「全国を目指す」を選ぶ。
ここで注目すべきは、滝が答えを与えなかったことだ。新任の顧問が、しかも音大出身の音楽教師として赴任してきたのだから、「俺はこの部を全国に連れて行く」と宣言しても誰も文句は言わなかっただろう。それなのに彼は、わざわざ部員に問うた。
ビジネスの言葉に置き換えれば、これは組織の方向性に対するコミットメントの引き出し方の話である。プロジェクトの立ち上げ時、リーダーが「このプロジェクトのゴールはこれです、よろしく」と提示するチームと、「ゴール設定そのものを皆で議論したい。高い山を登るのか、確実な成果を取りに行くのか」と問うチームとでは、その後の踏ん張りがまったく違う。前者は「やらされる仕事」になり、後者は「自分たちで選んだ挑戦」として残る。
しかも滝の問い方は巧妙だ。「楽しくやる」も選択肢として等価に並べた。これは決して優しさではない。自分で選んだ以上、後戻りは許されないという構造を作っているのだ。実際、その後の練習で「思ってたより厳しい」と不満を漏らす部員に対して、滝は冷静に告げる──全国を目指すと決めたのは君たちだ、と。
これは現代の組織論で言えば、心理的契約の形成プロセスに近い。一方的に与えられた目標は、状況が苦しくなれば「上が勝手に決めたこと」として責任転嫁される。だが自分で選んだ目標は、苦しいときこそ自分を縛る。滝が最初の問いかけによって作ったのは、「自分たちで決めた」という事実そのものだ。この事実は、後の練習が厳しくなったときも、不満を「言い訳」に変えない歯止めとして機能する。
ここに、本コラムの結論の伏線がある。組織の方向性と、そこに集う一人ひとりの目的・目標は、放っておけば必ずズレる。滝が冒頭でやったのは、そのズレを最小化するための儀式だった。完全には揃わないものを、それでも揃えようと努力すること。その努力そのものが、組織を成熟させていく。


実力主義と納得感の両立

第一期の山場として描かれるのが、コンクール自由曲のトランペットソロを巡る一件である。滝はオーディションの結果、三年生のパートリーダー・中世古香織ではなく、一年生の高坂麗奈をソロ奏者に選ぶ。しかし、実力で選んだはずの結果が、部に波紋を広げる。高坂と滝には音大生時代からの個人的な面識があり、「贔屓ではないか」という噂が部内に流れたのだ。リーダーと特定のメンバーに私的なつながりがあるとき、いくら結果が正当でも、それだけでは納得は作れない──滝が直面したのは、組織運営におけるごく古典的な、しかし本質的な問題だった。中世古自身からも再オーディションの申し出があり、滝はA編成全員の前で公開の再オーディションを実施する判断を下す。
ここで滝が下した判断は、二つの意味で示唆に富む。
一つは、結果が出た後にあえて部員に意思決定プロセスへの参加させたこと。普通の組織であれば、「決定は決定だ、ノイズは無視する」と押し切るのが穏当だった。一度下した判断を再検証することは、リーダーの権威を傷つけるリスクすらある。だが滝は、A編成全員の前で公開オーディションを実施する。個人的なつながりへの疑念を、プロセスの透明化によって解消したのである
もう一つは、決定権を自分から手放したこと。アニメ版では、再オーディションは部員全員の拍手投票で行われる。滝は判定者として振る舞うのではなく、判定そのものを部員に委ねたのである。「贔屓ではないか」という疑念があるのなら、判定者としての自分自身を疑念の射程から外す──そういう判断だった。結果、高坂がソロを獲得する*。

💡高坂にソロが決まった瞬間
中世古、高坂が部員の前で演奏、その後部員投票が実施された。その後、滝からソロを吹きたいかと問われた中世古は「高坂さんが吹くべきだと思います」と答えたことでソロが高坂に決まった。

この一連のプロセスは、人事評価の透明性とプロセスの公平性が、結果の納得感を生むという原則を体現している。多くの組織で評価への不満が燻るのは、評価結果そのものよりも、「どうやってその結論に至ったかが見えない」ことに起因する。滝はそこを徹底した。誰が選ばれるかではなく、どう選ばれるかにこだわった。
ただし、ここでも注意したいのは、この方法は痛みを伴うということだ。中世古はソロを失う。プライドも傷つく。プロセスがフェアであっても、敗者は確実に生まれる。滝はそれを知った上で、敗者にも納得を強いる選択をした。「優しさ」ではなく「真剣さ」によって人を動かしているのである。
これは現代のリーダーにも問われ続けている課題だろう。ハラスメントを避けるあまり、誰も傷つけない選択ばかりを重ねれば、組織は緩慢に弱体化する。逆に、痛みを伴う決定を下しながら、その痛みに納得を与えられないリーダーは、人心を失う。痛みを伴う判断と、納得感の設計は、セットでなければならない。滝はこのセットを、一年目の段階で示してみせた。


委譲という名の責任分散

ここまで滝のリーダーシップを肯定的に描いてきた。だが、本作は彼を聖人としては描かない。三年目、つまり主人公・黄前久美子が部長となった年、滝は明らかに迷う場面を増やしていく。詳しくは後編で扱うが、最終学年のコンクールメンバー選考において、彼は重要な決定を部員自身の投票に委ねる選択をする。
これを「自主性の尊重」と読むこともできるし、「決定権者としての責任放棄」と読むこともできる。実際、視聴者のあいだでも評価は割れた。一期の再オーディションは贔屓疑惑という外部要因への対応として「委ねる」必然性があったが、三期の選考にはそうした明確な理由が見えにくい。組織論の観点から言えば、これは権限委譲とアカウンタビリティ(説明責任)の境界に関わる問題である。任せることと、放り投げることは違う。任せた結果について、最終的な責任を引き受ける覚悟があってこそ、委譲は機能する。三期の滝にそれが十分にあったかどうかは、後編で改めて考えたい。


【結論】ズレを認めた上で、揃えようとし続けること

滝昇というキャラクターを通して見えてくるのは、リーダーシップとは「正解を示すこと」ではなく「方向性を揃えようとし続けること」だという事実である。
組織には常に温度差がある。全国を本気で目指したい者もいれば、楽器を楽しめればそれでいい者もいる。プロを志す者の隣に、進学のために部活を辞める者がいる。これらを完全にアラインさせることは、原理的に不可能だ。
それでも滝は、最初に問うた。途中で再選考を実施した。痛みのある決定を下しながら、納得の余地を残し続けた。完全には揃わない前提で、それでも揃えようとする努力こそが、組織を成熟させる。北宇治高校吹奏楽部が三年間で全国常連へと変貌したのは、滝の音楽的な指導力だけが理由ではない。彼が組織を「空気感」という見えない同調圧力から切り離し、方向性を明示・アラインさせたからである。
翻って、私たちの職場はどうだろうか。期初に掲げたミッションを、四半期に一度、誰かと共有・アラインし直しているだろうか。評価のプロセスを、メンバーに対して開いているだろうか。痛みを伴う判断のあと、その痛みに納得の言葉を添えているだろうか。
ただし、滝のようにやればいいのかと言えば、そうではない。後編で見ていく通り、彼自身も迷いの中にいる。だが、迷いながらも自身に、そして組織に対し問い、悩み、進んでいく、その姿勢こそが、「リーダー」に求められる本質なのだと思う。
後編では、視点を変える。主人公・黄前久美子と、彼女の周囲にいる個性豊かな部員たち──田中あすか、高坂麗奈、傘木希美、黒江真由──を通して、「個人の事情」と「組織の方向性」がぶつかったとき、私たちはどう振る舞うべきかを考えたい。組織論・仕事論の教科書としての『響け!ユーフォニアム』は、後編でこそ本領を発揮する。
(後編へ続く)
Written by Akihito Hamano

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