記事本文

インタビュー前編
プロ野球や競馬の中継実況から、報道、さらにはアイドル番組の進行まで、幅広いフィールドで活躍するフリーアナウンサー・小永井一歩(こながい・かずほ)さん。今回『エンタメ解体新書』では、そんな小永井さんに単独インタビューを実施! 前編となる本記事では、アナウンサーを志した幼少期の原体験から、就職活動でのリアルな葛藤、そして夢を叶える原動力となった“好き”の熱量に迫ります。
アナウンサーを志した原体験は“ラジオから伝わる個性”
<小永井さん>
小学校2年生の頃、野球を見るのが好きになり中継をテレビで見始めたのですが、当時の地上波での中継だと午後7時開始で、別番組が後ろにある都合で最大延長しても午後9時半ごろまでしか放送されていなかったんですよ。でも野球好きだったら「試合開始から見たい」「途中で中継が終わったら最後まで知りたい」と思うじゃないですか。そんな時に、一番最初から最後までやっているのがラジオだったんです。
テレビだと映像から情報を得るんですけど、ラジオだと“喋っている声”から情報を得るじゃないですか。となると、自然に「誰が喋っているのか」「どんな喋り方をしているのか」というのは、頭の中で意識するようになるんですよ。
「今日は誰が実況で、解説は誰で、面白いコンビだな!」と思うようになったりして。アナウンサーという職業を知り、自分自身モノマネをしていたら自然と「アナウンサーになってみたい」と思うようになりました。
<Otaac>
すごく早い段階で興味があったんですね! アナウンサーっていうと、どちらかと言うとテレビで出ていて……という経緯が多いのかなと思うのですが。小永井さんの場合は、情景描写などのプロの凄さに惹かれて目指されたというのが、最初のきっかけとして面白いなと思いました!
<小永井さん>
小学生の時の卒業文集は「日本一のアナウンサーになる」って書いていて。今は無事に、アナウンサーになること自体はできましたね。
「1周回っちゃった感覚(笑)」少年時代から続く競馬への深い愛

<小永井さん>
今は、ラジオの競馬中継のお仕事をさせていただいているんですけど、競馬は2008年(当時中学1年生)の時に父が買った馬を応援するために、ラジオで『オーシャンステークス』の中継を聞いて。
このレースは短距離戦で荒れやすいというのは競馬ファンの方は知っていると思うのですが、当時の私は知らず。父が買った馬は一番人気で、「勝つかな? 2着? 3着かな?」と応援していたら、結果は最下位!
勝った馬は7番人気、2着が12番人気と大波乱で、父は外れてしまったんですけど……何故か少年の私はそのレースを見て「競馬って面白いな」と感じて。翌週から欠かさずに競馬中継を見始めたのが、競馬との出会いでした。
<Otaac>
先程の野球のきっかけも、競馬のきっかけも「これだ!」と思ったらとことんハマりますよね。
<小永井さん>
本当にとことんハマってましたね。野球ファンは24年目、競馬ファンも19年目になります。
社会人の中では若い方の分類ですけど“自分の中では1周回っちゃったような感覚”になるんですよね。自分が野球ファンになりたての時に現役だった選手がもう監督になっていたり、競馬でも、見始めた時に日本ダービーを勝った馬が、もうおじいちゃんになっていたり(笑)。
今では、当時競馬中継を聞いていたラジオ局で、実況をやらせていただいていて、感慨深いなと思いますね。
神宮球場で自主実況!「喋る」ことに特化した早大アナウンス研究会時代

<Otaac>
どのような学生時代を過ごされていたのですか?
<小永井さん>
出身は神奈川県横浜市で、高校は山手学院高校、大学は早稲田大学社会科学部に在籍していました。
部活・習い事としては、小学校では少年野球と水泳、中学では幽霊部員気味ではあるのですが…陸上部。高校生では途中で辞めてしまいましたがバレーボール部に所属していました。
<Otaac>
すごく幅広いですね!根っからスポーツが大好きなんですね。
<小永井さん>
大好きかと言われると、やっぱり“見る”のが一番好きですね。当時の興味本位というか、一貫して同じスポーツをやっていなかったので。
<Otaac>
そんな中、陸上とバレーボールと様々なスポーツに触れて、大学では少し変わったサークルに所属されていたのですよね?
<小永井さん>
小学生の頃からアナウンサーを目指していたのもあり、大学では「早稲田大学アナウンス研究会」に所属していました。
<Otaac>
すごくかっこいい響きですね!
<小永井さん>
かっこいいですか(笑)?名前だけ聞くと「何を研究しているの?」と思われるかもしれないですが、それこそ様々な分野のアナウンスメントをやっていて。
バラエティ番組のMCやラジオCM、朗読、ニュース読み、ちょっと街中に行ってグルメレポートの練習をしたり。僕の場合、一番熱を入れていたのが、神宮球場で行われる『東京六大学野球』ですね。土日に神宮球場に行ったら、バックネット裏の後ろの方の席を取って、ラジオ風にボイスレコーダーを片手に持ちながら試合を実況していました。
<Otaac>
その実況は、録音している音声を帰って聞くんですか?
<小永井さん>
その場で上級生が1イニングごとにフィードバックをしてくれるんですよ。「ちょっと今の回は声のトーンが低かったから、野球だからもうちょっと元気よく明るくやってみようか」みたいな感じでした。
<Otaac>
なるほど!それを研究会として課外活動としてやっていて、先輩から教えを乞うんですね。すごく面白いですね!
<小永井さん>
野球だけでなくて、競馬もYouTubeとかで過去のレースの動画を題材にしながら喋るという、実践的な事をやっていました。実はこのサークルのOBから先輩後輩含めてアナウンサーが結構いらっしゃるんです。
例えば、先日行われた「クイーンカップ」という重賞レースは、ラジオ・テレビ局合わせて3つの放送局が中継していたのですが、実況した3局のアナウンサーは全員、早稲田大学アナウンス研究会出身だったんですよ!
<Otaac>
それはすごい! まさに“名門”ですね。そもそも、そうしたアナウンス研究会は他の大学にもあるんですか?
<小永井さん>
他の大学にも放送系サークルは有るのですが、大学によって色が違って、映像メインで作る所や、野外イベントメインの所もあります。
そんな中、“喋り”に特化したのがアナウンス研究会でしたね。アナウンス研究会では、最低限機材について学んだ上で「みんな何かしら喋ろう」という活動方針が、アナウンサーが多い要因なのかもしれないですね。
<Otaac>
アナウンススクールとアナウンス研究会は違うものですか?
<小永井さん>
アナウンス研究会でやる事は実践的ですが、サークルなので学生同士が教え合う場なのですが、アナウンススクールはプロの現役アナウンサーやOBの方が、より専門的な視点から教えてくれる場になりますね。
私もアナウンス研究会に所属しながらアナウンススクールに通っていて、アナウンサーになるほとんどの方がスクールに通っているイメージですが、必ずしも通っている必要もないと思います。大学の部活でスポーツやっていた方がアナウンサーになるケースもあります。彼らは日々の練習で声を出しているのもあり、基本的な発声能力に長けているのもあります。
アナウンサーとして何よりも大事なのは、テクニックもそうですが、パーソナリティも重要だと思うので、必ずしも学生時代に技術を身に着けなければならない事は全く無いと思います。
「自分の個性って何だろう」アナウンス試験での葛藤と、夢を叶えた“好き”を伝える力

<Otaac>
テクニックも大切ですが、最終的にはやはりその人自身のパーソナリティ(個性)に尽きるのですね。
<小永井さん>
そうですね。ただこれは、アナウンサーなりたての時も今も悩んでいる事でもあるのですが。自分自身はずっとアナウンサーになりたいと思い、学生時代もアナウンスの練習をして、アナウンサーになるためのテクニックを勉強していたけれど、いざアナウンサーになった時に「アナウンスメントが出来る上で、あなたの個性・強みは何ですか?」と聞かれた時……。
周りの人はスポーツをやっていたり、海外でこういう経験積んできましたという中で、自分自身は“アナウンサーオタク”の一面があったので。その時に「自分のパーソナリティって何だろう」と考えてしまった時があって、そこは結構悩みでしたね。
<Otaac>
どの業界でも「自分って何なの?」みたいな話ってありますけど、アナウンサーの中でもやっぱりその“自分の個性って何だろう”って悩まれる瞬間ってあるんですね。そうした悩みはどういう時に思われるんですか?
<小永井さん>
各局のアナウンス試験を受けていた時に「あなたの特技は何ですか?長所、強みは何ですか?」って聞かれるんです。
それまでの特技とか強みだとアナウンスを練習してきた事もあって、「高速でハキハキと喋れる事」や「野球の実況が出来る」という所が自分の中の得意な所だったんですけど、いざ試験でプロのアナウンサーの方々を前に「特技は実況です」って言うのは違うじゃないですか。それはあくまでも仕事として当たり前の事で。
「それ以外にあなたは何が得意ですか?」と問われると、「特技って無いな、自分の個性って何だろう」とアナウンサーになるまでの試験で痛感しましたね。
<Otaac>
なるほど、試験期間の時に自己分析を進めていく中で最初にぶつかった壁なんですね。
<小永井さん>
これが他の業界を受けるとなれば、「人前でアナウンスをして、周りの人を楽しませていました」というのは特徴のある強みになると思うのですが、アナウンス試験となると当たり前というか。
それ以外の強みというのが自分には本当に無くて、スポーツが好きで、そのスポーツを伝えるアナウンサーが好きで、自分もアナウンサーの真似をして学ぶようになってアナウンサーを目指していたので、「他に何もやってこなかったな」というのは悩みましたね。
<Otaac>
結果として見事合格されるわけですが、どのように切り抜けたんですか?
<小永井さん>
ここは正直に自分が小学生の時から聞いていた放送局への愛というか、とにかく「聞いていました」というのが伝わったのかなと思います。
<Otaac>
仮にアナウンサーだけでなく、同じ様な悩みを抱える方がいらっしゃったら、とにかく自分が好きだということをストレートに伝え続けるというのが一番良いかもしれませんね!
<小永井さん>
もう、それでいいと思います!無理にエピソードをほじくり出して作ったり、取り繕うよりも、「本当に好きです」と伝える。それに尽きるかなって思いますね。
念願の放送デビューと、現場で感じた“アナウンサーオタク”としての至福

<Otaac>
野球や競馬がお仕事になったのが2018年だと思うのですが、最初にやったお仕事って覚えられていますか?
<小永井さん>
一番最初に放送にデビューしたお仕事が、野球のオールスターゲームの前に開催される若手中心の『フレッシュオールスター』でした。各放送局の若手アナウンサーでリレーしていきましょうという企画があったのですが、当時1年目だったので実況ではなくレポーターとしてベンチの近くで選手のコメントを伝えたりしていました。
レポーターなので、「実況している〇〇さん」と呼びかけたら喋るのかと思うと、すごく緊張しましたね。
<Otaac>
やっぱりデビュー後の喜びはひとしおじゃないですか?
<小永井さん>
「やった!遂に!」と感じましたね。お風呂が気持ちよかったです(笑)。
<Otaac>
デビューの瞬間は格別ですよね。小永井さんは幼少期からアナウンサーへの憧れが強かったと思いますが、実際にプロの世界に入ってから特に嬉しかった事はありますか?
<小永井さん>
幾つか有るんですけど、やっぱり自分自身が子供時代に憧れていた先輩アナウンサーの方に会うことが出来たことですね。
いろんな放送局のアナウンサーの方、特にスポーツ実況されているアナウンサーの方々は小さい頃から憧れている方が、多くいましたので、現場でご挨拶することができて「学生時代からずっと聞いていて、憧れていました」とお伝えできた瞬間はすごく嬉しかったです。
<Otaac>
本当に夢見た世界で夢見た人たちと一緒にお仕事できたり、ご挨拶できるような関係性って、普通目指してもなかなか手に入らない世界ですよね。
<小永井さん>
基本アナウンサーの人って、憧れていたスポーツ選手を間近で見られる事に幸せを感じる人が多いんですけど、私はちょっと違って。もちろん選手の方に会えるのも嬉しいけれど、それよりも「アナウンサーの〇〇さんだ!」っていう気持ちがすごく大きかったですね。
★続くインタビュー後編では、小永井さんのもう一つの顔である“アイドルオタク”としての一面にフォーカス! どっぷりハマった衝撃のきっかけや、エンタメの「作り手」に対する熱い想いをたっぷり語っていただきました。後編もお楽しみに!
小永井一歩(こながい・かずほ)プロフィール
1995年9月23日生まれ、神奈川県出身。2018年ラジオ局「ニッポン放送」にアナウンサーとして入社。プロ野球や中央競馬の実況アナウンサーとして4年間活躍された後、報道のアナウンサーとして現場取材やオリンピック取材を3年間担当。2025年2月からフリーアナウンサーとなり、ラジオ日本「中央競馬実況中継」のアナウンサーや、馬術イベントの司会、Tokyofmでニュースデスクを務める。2025年1月にメジャーデビューを果たした秋元康プロデュースのガールズグループ「RainTree」のラジオ番組「RainTreeのミームの森」(CROSSFM)にて進行アナウンスを務める。
引き続き『エンタメ解体新書』そしてOtaacは、表舞台を支えるアーティスト・クリエイターのみなさまの魅力発信にも取り組んで参ります。
Otaac株式会社コラム:https://www.otaac.me/column



